【獣医師解説】犬の「歯石」を放っておくと心臓病に!?無麻酔歯石除去の危険性と正しいデンタルケア

犬の歯石を放っておくと心臓病に!?無麻酔歯石除去の危険性と正しいデンタルケア

「愛犬のお口のニオイが最近気になる…」
「歯に黄色や茶色のガリガリした固まり(歯石)がついている」

愛犬のお口トラブル、ついつい「歳だから仕方ない」「ごはんを食べているから大丈夫」と放っておいていませんか?

実は、犬のお口の中に溜まる「歯石」や「歯周病」は、単なる口臭や歯のトラブルにとどまりません。放置すると歯ぐきから細菌が全身の血液に乗り、心臓病や腎臓病といった命に関わる重大な病気を引き起こすことが分かっています。

また、最近サロンや自宅で行われることがある「無麻酔での歯石除去」については、獣医学的な危険性に加えて、法律上も「獣医師以外が行ってはいけない診療行為」であることが国から明確に示されています(2024年には全国初とみられる摘発事例も発生しました)。

今回は、歯石が体に与える恐ろしい影響、無麻酔歯石除去のリスク、そして動物病院で行う正しいデンタルケア(安全な麻酔下のスケーリング)について詳しく解説します。

1. 歯石を放っておくとどうなる?「心臓病・腎臓病」との恐ろしい関係

犬は人間よりもお口の中がアルカリ性に傾いているため、虫歯にはなりにくい反面、「人間の約5倍のスピード」で歯垢が歯石へと変化します。人では歯垢が歯石になるまで2〜3週間ほどかかりますが、犬では歯垢が付いてからわずか2〜3日で歯石に変わってしまいます。3歳以上の成犬の約80%が歯周病予備軍と言われるほど身近な病気です。

歯石そのものは細菌の塊であり、放置すると歯周病がどんどん悪化していきます。

重度の歯石・歯周病の犬の口腔内
▲ 重度の歯石付着と歯周病の症例

【歯周病が進行した時の主なリスク】

1. 内臓疾患との関連

重度の歯周病では、潰瘍化した歯周ポケット上皮から細菌などが血流に入り、一過性菌血症+全身性炎症を繰り返すと考えられています。犬でも、歯周病と腎疾患・心血管系疾患との関連を示す研究があります。

  • 心臓:約6万頭の歯周病の犬と同数の歯周病のない犬を比較した米国の大規模研究(JAVMA, 2009)では、歯周病のステージが重くなるほど、心内膜炎や心筋症といった心血管系の病気のリスクが高くなることが報告されています。
  • 腎臓:同じ研究グループの報告(Preventive Veterinary Medicine, 2011)では、歯周病のない犬と比べ、ステージ1で約1.8倍、ステージ2で約2.0倍、ステージ3〜4では約2.7倍、腎臓病を発症するリスクが上がっていました。逆に、歯周病の治療を受けた犬ではそのリスクが約23%低かったとも報告されています。
  • 寿命:約237万頭の犬を対象にした研究(JAAHA, 2019)では、定期的な超音波スケーリングを受けている頻度が高い犬ほど、死亡リスクが低いという関連が示されています。
💡 これらの報告を参考にすると「歯のお掃除」は、見た目や口臭のためだけの美容処置ではなく、全身の健康と寿命に関わる予防医療と言えます。
2. 顎(あご)の骨が溶ける・骨折する(病的骨折) 歯周病菌が歯の根元(歯槽骨)まで達すると、骨をどんどん溶かしていきます。特にトイプードルやチワワ、ヨークシャー・テリア、イタリアン・グレーハウンドなどの小型犬やシニア犬では、下顎の骨が薄くなり、固いものを噛んだ拍子に「顎の骨が折れてしまう(病的骨折)」ケースがあります。
3. 頬(ほお)の皮膚から膿が出る(外歯瘻) 上あごの奥歯(第4前臼歯)の根元に溜まった膿が、目の下の皮膚を突き破って外に出てくることがあります。「目やにが増えた」「目の下が腫れている」「頬に穴が開いて血や膿が出ている」という症状で発覚することも珍しくありません。
4. くしゃみ・鼻水・鼻血が止まらない(口腔鼻腔瘻) 上あごの犬歯などの歯周病が進むと、歯の内側の骨が溶けて口と鼻がつながってしまう(口腔鼻腔瘻)ことがあります。「慢性的なくしゃみ」「片側だけの鼻水・鼻血」「水を飲むと鼻から出る」といった症状は、実は鼻の病気ではなく歯が原因、というケースが少なくありません。

⚠️ 「ごはんを食べているから大丈夫」ではありません

ごはんを食べる犬

ご家族から最も多いのが「痛がっていないから大丈夫」というお声です。しかし犬は本能的に痛みを隠す動物です。次のようなサインがあれば、すでに口の中に痛みがある可能性があります。

  • 食べるスピードが遅くなった/片側だけで噛んでいる
  • 硬いフードやおやつを残すようになった
  • おもちゃで遊ばなくなった、口を触られるのを嫌がる
  • よだれが増えた、よだれに血が混じる
  • 口臭が「生臭い」「腐敗臭」に変わってきた
  • 顔をこすりつける、頭を振る

2. ネットで話題の「無麻酔歯石除去」に潜む危険性

最近、「麻酔を使わないから安全」と謳う無麻酔の歯石除去サービスを見かけることがあります。しかし、日本小動物歯科研究会をはじめとする多くの専門機関、および米国動物病院協会(AAHA)の歯科ガイドラインでも、無麻酔での歯石除去は推奨されていません

⚖️ 【重要】法律上も「獣医師以外は行えない行為」です

近年、この点については国の見解が明確になりました。

  • 農林水産省は公式HPにて、「スケーラーを用いる歯石除去は、獣医師の獣医学的判断及び技術をもって行う診療行為です」と明記しています。
  • これを受け各都道府県も「歯石除去等が獣医療に該当する場合、獣医師法違反となるおそれがある」と注意喚起を行っています。
  • 2024年6月には、無免許で犬の歯石を除去したとしてドッグカフェ経営者が書類送検され、全国初の摘発事例とみられています。
  • ジャパンケネルクラブ(JKC)も無麻酔歯石除去への注意喚起を出しています。

※「ドッグデンタルハイジニスト」等は民間の認定資格であり国家資格ではありません。無資格での業としての歯石除去は法律違反となります。(※歯ブラシによる歯みがき自体は一般に診療行為に当たりません)

【無麻酔歯石除去のリスクと問題点】

・本当にケアすべき「歯周ポケット(歯ぐきの内側)」が掃除できない 歯周病の本体は歯ぐきの下(歯肉縁下)にあります。表面の目立つ歯石だけを削り取っても根本解決にならず、傷ついた表面に余計に歯垢・歯石がつきやすくなります。
・「見た目が白くなった=治った」という誤解が生まれる 最も怖い点です。見た目で安心した結果、水面下で進行する歯周病の発見が遅れ、来院時には多数の抜歯が必要になるケースがあります。また、歯石が接着剤代わりになっていたグラグラの歯が削られて急に動揺し、痛みが出ることもあります。
・顎の骨折やケガのリスク 無理な体勢で保定するため、暴れた犬がスケーラー(尖った器具)で口内や目を傷つけたり、顎を骨折したりする事故が報告されています。
・誤嚥(ごえん)・窒息のリスク 気管挿管を行わないため、剥がれた歯石片・細菌を含んだ水・血液が気道に流れ込み、誤嚥性肺炎を起こす危険があります。
・診断ができない / 強い精神的トラウマ 歯科用レントゲンによる診断ができず、処置ではなく単なる“見た目の掃除”にとどまります。また嫌な思いをすることで口元を触られるのがトラウマになり、以降のお家での歯みがきが一切できなくなる損失もあります。

3. 動物病院で行う「正しいデンタルケア(麻酔下スケーリング)」

動物病院で行うデンタルケアは、専門の知識を持った獣医師が全身麻酔下で行います。「麻酔をかけるのが心配…」という飼い主様もいらっしゃいますが、当院では麻酔のリスクを限りなく抑えた上で処置を行っています。

📊 麻酔のリスクは、実際どのくらい?

英国での大規模調査(CEPSAF, 2008)では、麻酔・鎮静関連の死亡率は犬全体で0.17%、健康な犬(ASA分類1〜2)では0.05%(約1,850頭に1頭)と報告されています。
ゼロではありませんが、「歯周病を放置することで生じる併発症・慢性的な痛みのリスク」と天秤にかけて判断すべき数字です。当院では事前検査・モニタリング・適切な麻酔薬選択によってリスクを限りなくゼロに近づけます。

【当院で行うスケーリングの流れ】

STEP 01

事前の徹底した術前検査

血液検査やレントゲン検査・エコー検査などで内臓機能を事前にチェックし、安全に麻酔がかけられる状態かを確認してオーダーメイドの麻酔プランを組み立てます。

STEP 02

気管挿管と麻酔モニタリング

気管チューブを入れて気道を確保し誤嚥を防ぎます。処置中は心電図・血圧・SpO₂・呼気CO₂・体温などを常時監視し、点滴と保温を行いながら管理します。

STEP 03

口腔内の精密検査(歯科レントゲン・歯周プローブ)

歯科用レントゲンで歯根の吸収や骨の溶け具合、根尖の膿瘍を評価し、プローブで1本1本の歯周ポケットの深さを測定します。

STEP 04

超音波スケーラーによる歯石除去

歯の表面だけでなく、無麻酔では絶対に届かない「歯周ポケットの奥深く(歯肉縁下)」のこびりついた歯垢・歯石まで綺麗に除去します。

超音波スケーラーによる歯石除去処置
▲ 超音波スケーラーを用いて歯周ポケット内の歯石を安全に除去する様子
STEP 05

ポリッシング(研磨・ツヤ出し)

専用ペーストで表面をツルツルに磨き上げ、微細な傷を埋めて今後の歯垢の再付着を防ぎます。

ポリッシング(歯面研磨)処置
▲ スケーリング後の歯の表面を滑らかに磨き上げるポリッシング(ツヤ出し)作業
STEP 06

傷んだ歯の処置(抜歯など)

グラグラになった痛みの原因歯は局所麻酔(神経ブロック)を併用して適切に抜歯し、痛みを取り除きます。

💡 「歯を抜いたらごはんが食べられないのでは?」とご心配される方が多いですが、痛みの原因だった歯を抜いた後の方が入えって食欲も元気も戻る子がほとんどです。ドライフードをそのまま食べられる子も多く、必要に応じてふやかして対応できます。

4. お家でできる!正しいデンタルケアのコツ

スケーリング後はお家でのデイリーケアが重要です。歯垢は歯みがきの24〜48時間後には再び付き始めるため、日々の積み重ねが大切です。

・一番効果的なのは「歯ブラシ」 歯垢がたまりやすいのは**歯の外側(頬側)、特に上あごの奥歯と犬歯**。歯と歯ぐきの境目に毛先を45度で当てて小刻みに動かします。
・頻度は「理想は毎日」、最低でも3日に1回 歯垢は2〜3日で歯石に変わります。1回1分でも構いませんので継続を優先しましょう。
・焦らずステップアップ ①口元触れたらおやつ → ②ペーストを舐めさせる → ③指・ガーゼで触る → ④シート → ⑤歯ブラシ と数週間かけて慣らしましょう。
・デンタルガムやサプリメントの併用 「VOHC(米国獣医口腔衛生協議会)」の認定マークがある製品は臨床試験で効果が確認されているため目安になります。

🚫 【要注意】やってはいけないNGケア

  • 人間用の歯みがき粉を使う:キシリトールは中毒(低血糖)を引き起こします。必ず犬用をご使用ください。
  • 硬すぎるものを噛ませる:ひづめ、鹿の角、硬い骨、テニスボール等は歯が折れる(破折)原因になります。「爪で押してへこむ」「自分の膝に叩いて痛くない」硬さを目安に。
  • 丸呑みさせる:ガムを丸呑みする子は手で持って噛ませるか別のケアへ。
  • 歯石を自分で削り取ろうとする:市販スケーラーによる自宅ケアは歯や歯ぐきを傷つけトラウマになるためNGです。

まとめ:愛犬の健康と長生きは「お口の健康」から

歯周病は放置すると痛みが強くなり全身へ影響する可能性がある病気ですが、適切な治療とお手入れで予防も改善も十分に可能な病気です。

大切なのは「シニアになってから」ではなく「シニアになる前から」始めること。若い頃の方が麻酔リスクも低く、歯も残せます。すでにシニアの子でも事前の徹底検査と安全な麻酔管理で処置が可能です。

「口臭が気になる」「歯石を診てほしい」「歯みがきのコツを知りたい」という方は、ぜひお気軽に当院までご相談ください。

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